子供にも親にもあった『小1の壁』。退職して得たもの。

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『小1の壁』。

そう。小学校1年生の時に立ちはだかる壁!!

 

この言葉って、子供にとっての壁なんやとばっかり思ってたんですよね、私…。

 

でも実はこの言葉、

『学校から帰宅した後の子供』をどうしたらいいか悩んでいる共働きの親からできたらしいんです。

 

我が家夫婦も、どっちも正社員の共働き夫婦でした。

 

でも今は学校で預かってくれる制度(いきいき、放課後児童クラブなんかの呼び名で呼ばれています)があるし、壁が立ちはだかるなんて微塵も思ってませんでした。

 

もちろん我が子についても、同じ保育所から小学校に通うお友達はいてなかったんですが、見たことある子はみんな友達やと思うくらい人懐っこい子供やったんで全く心配してませんでした。

敢えて言うなら、保育所が隣の区やったんで方向の違う学校までの道がわかるかなって言うことくらいでした。

 

 

でもね。

環境の変化ってやっぱり影響力が大きいんです。

 

『小1の壁を乗り越えよう。いや、横からでも何とか通過しよう』とライフスタイルをもう一度見直しました。

そんな我が家の『小1の壁』について今回は書いていきます。

 

子供に立ちはだかった壁

やっぱりこれは

ともだち”がいなかったことです。

 

全く見ず知らずの子供たちの中に1人で通うのは大変やったようです。

 

しかも幼稚園からのお友達同志で、すでに仲良し組がいるわけです。

否が応でも周りと自分を比べてしまいますよね。

 

あれだけ人懐っこい我が子でも、複数の仲良し組との壁は大きかったみたいなんです。

 

入学してから1ヶ月後くらいに「私だけお友だちがいてない」ってぽそっと言ったことがあります。

 

別に仲間外れにされているわけでも、誰とも話していない訳でも、遊んでない訳でもないんです。

ただ子供が思う仲良しの程度が違ったんです。

 

例えるなら

Aちゃんと私より、AちゃんとBちゃんのが仲良し、って言う感じです。

 

そして夕御飯時に「頭が痛い…」「なんか気持ち悪い」って言うことが続きました。

 

完全にストレスですよね。

 

朝には何事もなく登校はできるんですが、私が仕事に行かなければいけないことも理解してるし、「休みたい」とは一度も言いませんでした。

 

毎日

「今日は誰と話した?」

「お友だちできた?」

って話を聞きながら、一人、二人とお友だちが増えるにつれて体調も戻りはじめました。

ここでやっと学校が楽しめるようになってきたようでした。

 

私にできたことは話を聞くことと、子供の様子をしっかり観察することだけでした。

 

もちろん味方であること、応援していることは伝えて、困ったことがあれば対応する姿勢を見せてたんですけどね。

 

結果、少しばかりのアドバイスはしたものの、頑張ったのは子供

 

それでも落ち着くまで3ヶ月くらいは必要やったと思います。

 

この“3ヶ月間”っていうのは、私の中での一つの基準でもあるんです!

環境が変わったときに重要視している期間と同じでした。

 

転職なんかしても、初めの3ヶ月が一番辛く辞めたくなる時期ですよね。

※入学したてとか、卒業したての新入社員は後輩がいてないんで、これ以上に期間が必要だと思ってます。この限りではないので悪しからず。

 

環境の変化に対応するためには、私の中で最低でも頑張る期間は3ヶ月と定めているんです。

 

別にこれ以外の期間は頑張らへんって言う意味ではなくて、どれだけ辛くてもとりあえず3ヶ月は頑張るってことです。

ここが頑張れなければ何をやっても続かない気がするんですよね。(もちろん暴力やパワハラなんかは例外です)

 

逆に3ヶ月頑張れれば後も頑張れるはずやとも思ってます。

 

そこを通過できれば、余裕ができたり、辛い中でも楽しみを見いだせたり新たな目標ができるんです。

 

余談にはなりますが、私は上を目指すことも大事やけど、やり始めたからには『できる』状態になることが大事やと考えています。

他人に『できる』って評価してもらえるまでは頑張ってみるってことです。

もし辞めることを考えるなら『できる』ようになってから。

 

できないまま辞めるのは逃げてるだけやし、何も得てない気がするからイヤなんですよね。

とは言っても見切りをつけることも大事ではあるんですが。

 

 

全ては“自分で決める”ことにつながっています。

要は責任を持つってことです。

 

何もわからない状態では責任を持つこともできないし、判断することも難しいと思います。

 

 

“「やらなあかん」って言われたからやる”

“「働かなあかん」って言われたから働く”

“「学校に行かなあかん」って言われたから行く”

“みんなやってるからやる”

 

以前の私ならこう考えていたかもしれません。

 

でも、この考え方はおかしいですよね!?

 

 

なので、学校に行かせる理由・行かせない理由をちゃんと考えてみることにしました。

 

もちろん第1子を学校に行かせない理由なんてあるはずもないんですが。

 

子供にも『自分(子供)のため』だと言うことが理解できるように説明しました。

 

理由によっては学校に行かせない選択をすることもあるんやと思います。

 

でもそれは簡単な選択じゃないです。

 

誰かのせいにするんじゃなくて、自分で解決できる方法を考えたり、努力したりして、自分自身の行動に責任を持つことが大事やと思ってます。

 

時に失敗することも大事で、全て経験にはなりますよね。

 

人それぞれ環境や仕事に慣れる期間は違うんで一概には言えないとは思ってますが、自分なりに頑張る期間を制定してみてほしいんです。

 

期間を決めると、ゴールが見える気がするので少し頑張れたりします。

 

特に子供には「次の休みまでがんばろう」って言うのは効果的。

もちろん「今日一日がんばろう」でもいいんです。

 

そして何をしたとかではなく「行った」ことを褒めるんです。

 

これは大人も同じ。

職場に行って、同僚と、今日仕事に行ったことを褒めあうのは意外と楽しいですよ(^.^)

親に立ちはだかった壁

これはまさに

信頼できる預け先”がなくなったことでした。

 

入学前まではがっつり朝から夕方すぎまで保育所に預かってもらっていたんで何も心配なかったんですよね。

 

もちろん入学してからも、放課後学校の一部の教室で預かってもらえるシステムを利用してたので心配してなかったんですが…。

無料(年間の保険料のみ)やし、宿題もみてくれるし、何より学校内やから安心しきってたんです。

 

 

でもね。

事件は入学からわずか2ヶ月目に起こりました。

 

子供が階段で滑って骨折してしまったんです。

 

別にこれ自体は仕方ないこと。

 

ただ起きたことに対する対応の悪さが、信頼とは程遠かったんです。

 

 

私の仕事の都合で、たまたまその日は母にお迎えをお願いしました。

お迎えの時に先生から「階段で転んだんで、様子を見てください」って言われたらしいんです。

 

…が、ですよ。

痛すぎて歩くことができなかったんです。

ずっと“けんけん”して帰ってきたと、母から電話で伝えられたんで慌てて帰宅。

 

4㎝くらいの小さな湿布を学校で貼ってもらっただけで、連絡は一切ありませんでした。

 

 

我が子はまだ時計がちゃんと読めなかったんですが、話から推測すると階段で滑ったのが16時前。

母に学校まで迎えに行ってもらったのが18時前。

 

およそ2時間あります。

 

歩けなかったら職場に連絡しませんか!?

 

学校と職場は5分程の距離です。

 

 

とりあえず受診できる医療機関を慌てて探して、夜間救急の整形外科担当病院で診てもらえることになりました。

 

結果、骨折と診断されました。

 

 

さて、そこから詳細を知りたいと思い、翌日学校の預かり場所へ行きました。

 

返ってきた答えが

「昨日いた先生が暫くお休みなので、詳細はわからないんですぅ」

 

 

……。

 

連休なので確認もできないとのこと。

 

 

この先生と言うのはあくまでボランティア(若干のお給料はあるらしい)で、現教員ではないらしいんですが、休んでても骨折してるんやから状況くらい聞いてくれてもよさそうな気はするんですよね。

 

 

しかもこの返答をしたおばちゃん!!

 

後日「保険の話なんですが…」って言われたんで、「自分でした怪我やし、保険はいいです」って答えたら…

 

「助かります。手続きややこしいんですよね」って…。

 

 

 

 

ええっ!?それ本気で言ってる?

こりゃ駄目だわ。

これ以上ここには通わせられへん。

 

 

って思ってしまったんですよね。

 

 

詳細も確認してもらえず、手続きややこしいからしなくて助かるって…

 

100歩譲っても口に出したらあかんでしょ…

 

 

次にまた何か起きたらって考えときに、安心して任せられる場所じゃないってことだけは確実でした。

 

 

即刻、旦那と相談。

貯金も底を付いてもいい!!

とりあえず預けずに済む方法として、

仕事を辞めると決めました。

 

結局、連絡もなく骨折した詳細はわからないまま。

もちろん担任にも全て伝えてはいましたが、どうこうなるもんでもなかったです。

結局その時にいた先生が誰なのかも知らないんですよね。

 

まぁ、聞いたところで怪我が治る訳でもないし、預けることももうないんで、敢えてこちらからは再度聞くことはしませんでした。

 

 

何かあった時の対応って本当に大事なんです!!

 

そう言えば保育所でアレルギーの誤食があった時はすぐ職場に電話があったし、「何かあったらこちらですぐに病院に連れていきますので」って言われました。お迎えの時も先生方総出で平謝り。

 

何とも清々しいくらいの対応でこっちが縮こまった記憶があります。

 

今回の件に関して言えば、我が子がした怪我なんで謝罪がほしいわけでもなんでもないんです。

ただ親への連絡をしなかった判断不足とその後の対応の悪さは明らかなんじゃないでしょうか。

退職して得たもの

まさしく。

家族との時間!

 

仕事を辞める日が来るなんて想像もしてませんでした。

 

骨折してすぐにパートに切り替えてもらって、その年度をもって退職させてもらったんです。

 

金銭的な不安 < 自由

 

 

そう。

時間と言う自由を手に入れたと思いました(笑)。

 

お金はあるに越したことはないですが、極貧幼少時代を過ごしてきた私は、どうにでもなることを知ってます。

そして、元気であればいつでも働ける(看護師の資格がなくても)ってことを知ってます。

 

 

以前、先輩ママさんから『小学1年生の忘れ物は親の忘れ物』って言われるって聞いたことがあります。

それだけちゃんと見てあげないといけないんですよね。

 

学校任せではなく、親もちゃんと教えないといけないってことです。

 

 

仕事を辞めたことで、時間割りを含めた準備はもちろん、宿題まで全てチェックできる時間ができました。

 

この時間はとてつもなく大きいです!

 

何が得意で何が苦手なのか、仕事をしていたら気付けなかった、“我が子”を知ることができるんです。

 

私自身は親に時間割を見てもらったことは1度もなかったです。

わりと放置…、ではなく任せて貰っていました。

 

子供を信頼してない訳じゃないんです。

  • 学校で何を学んでいるか知ることができる。
  • 子供自身を知ることができる。
  • 子供との時間が共有できる。

 

一石三鳥!!?

 

いや、きっとそれ以上のものがあると思ってます。

 

仕事をすることが駄目なことじゃないし、子供に頑張ってる背中を見せるのはめっちゃ素敵なことです!

 

働いてる人を心から尊敬してます。

 

ただ、私には仕事と家事、そして育児を両立させるキャパはなかったんですよね(笑)。

 

働いてる時は考える余裕すらないから、キャパがないってことにも気付かなかったんです。

 

辞めてから仕事・家事・育児、それぞれの大切さを実感しました。

 

まだ末っ子が小学校に入学するまで数年あります。

“壁”があるかどうかわかりませんが、子どもたち3人とも、個々に寄り添って成長を楽しみたいと思ってます。

 

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