虐待の恐怖。躾は虐待と紙一重ではありません!

怒られた時のストレスって私にとってはものすごい圧力なんですが、皆さんはどうですか?

いきなりカミングアウトで申し訳ないんですが、私の父親はDVでした。

 

あんまり思い出したくない…

だけど鮮明に覚えている記憶の数々。

 

しっかり向き合って…なんていう過去のトラウマを分析する必要性は感じたこともなく、父と疎遠になれたこともあってパンドラの箱にはがっちり蓋と鍵をかけていました。

 

でもね。

子育てをする上でちらほら自分が威圧的な態度をとっていることに気付くんです。

ショック…。

みかん

もともと家庭内では自分が三姉妹の長女ということもあり、えらそうにしていた気がします。

不快だったり怒ったときは父のように表現するのだと潜在意識で思っていたんでしょうね。

怒りの表し方は威圧的にするものだと体験で得てしまったんです。

 

私が躾と思ってしていることは、もしかして父と同じじゃないのか?

って言う恐怖心と焦り。

そして何よりコントロールできなくなるほどの怒りの感情が湧く自分が怖くなるときがあります。

 

でも、パンドラの蓋に鍵をかけているし、そもそも不安や恐怖、怒りや辛さなんかの嫌な感情が溢れ出しそうで開けたくない。

だから「父とは関係ない」と思い込もうとしていました。

 

ですが、ある一冊の本に出会ったんです。

それが『メモの魔力』。

メモの魔力 The Magic of Memos (NewsPicks Book) The Magic of Memo (NewsPicks Book) [ 前田裕二 ]
created by Rinker

 

一見過去の経験とメモとは何の関係もなさそうですが、この本によってパンドラの鍵を開けることになりました。

 

『メモの魔力』には自分を分析することの重要性が書かれていたんです。

 

今を生きるために

未来を良くするために

私は意を決して自己分析してみることにしました。

 

『メモの魔力』には自己分析をするための1000の質問があります。

最初の100問を解くまでもなく、自分の中に潜んでる過去をがっつり意識せざる負えなくなりますよ。

 

ということで、

過去の自分を受け止めるべく、嫌な思い出もさらけ出して、今の自分の膿を減らそうと思います。

過去の虐待が必ずしも連鎖するものでは無いと証明するために。

 

また、思い通りにならない子育てに苦しんでる方の気持ちが少しでもラクになるように。

 

私の想いを書いていきますね。

児童虐待の定義(厚生労働省)

そもそも虐待って言っても漠然としてる気がするし、人によっても捉え方が違うと思います。

一応定義があるので書いておきますね。

 

以下は厚生労働省のサイトに書かれてある児童虐待の定義です。

 児童虐待は以下のように4種類に分類されます。

身体的虐待殴る、蹴る、投げ落とす、激しく揺さぶる、やけどを負わせる、溺れさせる、首を絞める、縄などにより一室に拘束する など
性的虐待子どもへの性的行為、性的行為を見せる、性器を触る又は触らせる、ポルノグラフィの被写体にする など
ネグレクト家に閉じ込める、食事を与えない、ひどく不潔にする、自動車の中に放置する、重い病気になっても病院に連れて行かない など
心理的虐待言葉による脅し、無視、きょうだい間での差別的扱い、子どもの目の前で家族に対して暴力をふるう(ドメスティック・バイオレンス:DV) など

引用:厚生労働省 児童虐待防止対策ページ

また子供の保護者以外の同居人から虐待を受けた場合も親の監護が問われ、虐待が子供ではなく配偶者に向けられている場合も「虐待」と呼ばれます。

要は親が実際に虐待をしていなくても、同居人が虐待しているのを知っていれば虐待。

そして子供に配偶者への虐待を見せることも虐待という訳です。

 

文字で見るとなんだかとても酷いことが書かれていて、「リアルでこんなことをする人がいるなんて考えられない」って気もしますが、線引きは難しいです。

よくよく考えてみて下さい。

「おもちゃ片付けないと捨てるよ」なんて言うことも脅しなんですよね。

実際に捨てないにしても、その方法が躾ではないと言うことなんです。

私は言ったことある。

みかん

極論ですが、これを子供が『虐待だ』と言えば捕まるようになっちゃうのかと思うとちょっと育児が怖くてできなくなりそうですが…💧

後で私の思う虐待をしないためのポイントも書いていきますね。

虐待を受けた過去を分析

さて、そろそろ私の過去を先に暴露しちゃいます。

虐待の分類でもあるように人によって様々でいろんな状況が考えられる部分ですが、ほんの1例として私のことを書いていきますね。

1番古い記憶

1番古い記憶は3歳。

おもちゃのベルで父の頭を叩いたのか、物凄い剣幕で怒られている記憶があります。

これは私が悪いんですけどね。

3歳にその怒り方はないわ…って今なら思います。

 

たぶん数時間泣いても泣いても怒鳴られ続けていたように思います。

完全に罵声でした。

叩かれたかどうかは記憶にないんですが、ものすごく大きな声でかなり長い間怒られ続けました。

少し離れた見える所に母がいたように思いますが助けてはもらえなかったんですよね。

「なんで?」「助けて!?」って思ってた記憶がある。

みかん

 

今ならちょっとわかります。

この時母はすでに父からDVを受けていたんです。

助け舟を出せば矛先が母に向きますよね。そしたら私を助けられないと思ったんだと思います。

決して見捨てた訳では無いと思っています。

忘れたい記憶

その次からの記憶は、はっきり映像までも思い出せるものが多くあります。

 

鮮明なのは小学1年生の帰宅後。

玄関別の二世帯住宅だった我が家は、二部屋が2つある変な造りでした。

アパートとして昔貸していたそうです。

その一部屋に鍵をかけて父がいました。

仕事をしても続かない父は、ほとんど働いたことがありません。

なのでほぼ家にいたんです。

 

鍵をかけていたのは昼間だけなんですが、父は部屋を真っ暗にしてシンナーを吸ったりしていたようです。

 

何をしてるかわからないものの、子どもでもビニール袋に何か入れて吸ってるのはわかります。

臭いもすごいし、それが毎日やからね…。

みかん

 

シンナーってね、脳を萎縮させるって言われてるだけあって、幻覚が見えたり呂律が回らなくて思考がおかしくなったりするんです。

「焦点の合わない父が鍵を開けて部屋から出てきたらどうしよう」っていう恐怖と不安は何とも言いようがありませんでした。

盗人のように玄関を開け、忍び足でランドセルを置いて外に出ていく毎日。

 

ある日帰ったら扉を開けたすぐ先に父が自分のお腹に包丁を当てていました。

しかもいつも通りカーテンをして真っ暗な部屋で。

 

「父が死ぬ!?」「私も刺される?」っていうあまりの恐怖に何か叫んで1階の祖父に助けを求めに行ったんですよね。

って言っても、病気のため首から下に麻痺のある、ほぼ寝たきりの祖父に助けを求めたわけです💧

 

当時祖父は辛うじて伝い歩きくらいはできていたので、必死で2階に来てくれました。

でも30代の男に伝い歩きのおじいちゃんが敵うはずもないですよね。

怒号が飛び交う中、祖父もなんとか逃げたように思います。

戦場は1階へ移り、当時ガラスの障子があったんですが、父がそれを割りまくって1階は血まみれでした。

 

…どうすることもできず私も逃げました。

祖父に助けを求めたばかりに『おじいちゃんが殺される~」って泣いて走りました。

祖父が気になってはいたものの、パニックで誰に助けを求めていいのかわからず、とりあえずその場から逃げたんです。

 

逃げた先は自分も昨年まで通っていて、妹もいた保育所。

子供の足で走って15分くらいの場所でしたが、全速力で走りました。

めっちゃ走るの遅いんですけどね。

みかん

泣きながら先生に事情を話し、1時間後くらいに先生が手を繋いで私と2人で自宅に向かってくれました。

 

絶対先生も怖かったはず。

ほんと、すみません。

 

自宅に帰った頃には警察が来ていて、二人はいなかったような…。

ちょっとこの辺の記憶は曖昧です。

 

仕事に行っていた母や祖母も帰ってきて、どうやら血まみれだったのは父の腕の傷からだけで、祖父は腰を蹴られた程度だったそうです。

程度…って言ってる時点で暴力に対して麻痺してる。

みかん

数日後、父の更生のため祖父と父は田舎に数ヶ月帰っていきました。

 

この数ヶ月だけはとてつもなく穏やかでした。

小学高学年の記憶

この辺りの記憶は父から母へのDVです。

シンナーは止めれたものの、今度はお酒です。

たぶんこの頃にはシラフでもキレやすかったんじゃないでしょうか。

もう威圧するのが日常になってたんですよね。

と言うか父は、働いておらず社会にも必要とされていない不安と、父としての威厳もない状態を必死でどうにかしようとしていたんでしょうね。

威圧して家族を支配することで自分の立場を維持するしか方法がなかったんです。

きっとそもそもは小心者なので…。

 

私たち子供への虐待はまだ少なく、主に母が犠牲になっていたように思います。

 

皿が飛んできたり、蹴られて肋骨が折れた母を見て、父の機嫌を損ねてはいけないと必死でした。

そして、妹2人を守らないといけないという気持ちにも駆られていました。

みかん

あっ、言い忘れてたかな。

みかんは三姉妹の長女です。

 

働かない父に奴隷のように扱われる母。

完全に私は母の味方でしたが、助ける術がなかったのです。

そして、このままでは「いつか自分は殺される」とも思っていました。

ですが、今ほど死に対する恐怖はなかったんです。

毎日が楽しくなかったからかな?

生きてる意味もわからないし、希望もないし、ただ「死ぬ時は痛いのかな?しんどいのかな?」って言うそれだけが恐怖でした。

 

母には別居を促しましたが、そんな簡単なものではないですよね。

今みたいにシェルターもなければ、そもそも離婚すら世間体を気にする時代だったんです。

 

ここでやっかいなことに配偶者に虐待を行うところをこれでもかと見ていた私は、立ち居振る舞いプラス母にはきつく当たっても良いものだと潜在意識に刷り込まれてしまいました。

とは言っても母のことは好きだったし、母に対する父の態度に同情もしていたので、言葉尻がきつくなることはあっても暴言を吐くことはありませんでした。

でも、今でも母に優しくするのは苦手。

みかん

父の威厳どころか母の威厳すらもなくなった私の気持ちは、いつからか『この人たちは親ではない』という認識に変わったんです。

それでも『家族』だとは思っていましたけどね。

 

あっ。そう言えば配偶者の虐待で思い出したんですが、子供が保育所の頃、送迎中の親子が複雑な家庭環境にあることが伺える場面がありました。

それは、5歳くらいの男の子が母親に向かって「はよせーや。クソババァ」って言ったんですよね。

えっΣ(゚д゚;)と思ってびっくりしてたんですが、母親は携帯見ながら無言で歩いてました。

その後も男の子は暴言を吐いていました。

『いつもの日常』と思ってるかの如く母親が普通にしていたのにもびっくり。

家で父親が母親に対してそう言っているのか、母親がそういう言葉を使っているのか、はたまた兄弟の真似なのかはわかりませんが、子供は親をよく見ているしびっくりするほど完コピします。

子供の言葉遣いで思い当たることがあれば要注意ですよ!

みかん

私の娘の怒り方も私にそっくりです…。

親の離婚とターゲット変更

私が高校生になった頃、二世帯の家を建て替えるタイミングで母は別居するという強硬手段にでました。

ですが、結局父に雪崩こまれ失敗。

 

そして、建て替えが終わってから『建て替えた家に戻らない』と再度強硬手段に出た母はやっと離婚することができました。

ただ三姉妹一緒に引き取りたいと願った母の意向に背き、私は父の元へ。

 

理由は簡単。

子供全てを奪われるという条件を、父をはじめ祖父祖母共に認めなかったから。

私は安易に『私が年齢的にも1番早く家を出る』『祖父も祖母も私の味方』という思いから、離婚を早く成立させるために父方に親権を委ねたのです。

 

みかん

甘かった。

DVのターゲットは自ずと私ですよね。

シラフの時は距離を取りつつ平気でしたが、酒を飲んだら一変する父。

 

自分が1番偉いと思わせるべく、威圧し、支配しようとしてきました。

当時はPHSだったんですが、夜9時には取り上げられたりもしました。

 

学費を払って貰えず自分のバイトで学費は払っていたし、「お小遣いくれっ」て父に言われてもいました。

もう誰が親で誰が子供なのかめちゃくちゃですよね。

 

それでも力では敵わないし、背中を蹴られてお腹が痛くなるという恐怖を味わったこともあります。

息が出来ないとはまさにこのことかって、今でも鮮明に記憶にあります。

もちろん頭を蹴られたらヤバいと思って頭は手で隠して小さくうずくまって防御したはずだったんですけどね。

背中は隠せませんでした💦

 

この頃には祖父も歩けなくなりほぼ寝たきり。

祖母も声はかけてくれるものの、一度キレた父を止められる人なんていませんでした。

 

キレるスイッチなんてどこにあるかわからないくらい微妙なもの。

ちょっとでも気に食わないと風が吹いたくらいでスイッチが入る感じでした。

 

『触らぬ神に祟りなし』とはよく言いましたよね。

 

できるだけ距離をとり、歯向かわず、相手の出方を観ることに必死でした。

ここまで書いといてなんですが、DVが始まった原因として母にも少なからず問題はあったとは思います。

みかん

虐待からの距離のとり方

どうやって父と距離をとったかなんですが、もう物理的に距離を置くしかないんです。

ということで就職時に寮のある病院に勤めることにしました。

この少し前に、実は父と祖母と喧嘩をしたんですよね。

ほんの些細なこと。

祖母からは「勉強しろ」の繰り返しと、父からは「歯向かうな」の支配。

 

「もう我慢の限界だ~」ってもっともらしい理由をつけて母と同じく強硬手段にでました。

ここぞとばかりに「母親の元へ行く」ことを訴え続け、祖父が泣く泣く折れてくれました。

晴れて親権は母へ。

 

そして、職場も自宅の近くではなく他県を選びました。

 

もちろん行きたい病棟があったからその病院を選んだんですが、これが功を奏しました。

物理的に距離を置くことで自然と気持ちにも距離ができたんですよね。

 

父はマメに連絡をしてくる人ではなく、そこまで支配はされていなかったのでこの部分ではラクではありました。

 

支配していると思っていない依存型の毒親の場合はもっと大変だと思います。

 

それに、とある事情で数年父と会えない状況になりました。※ここには書くことのできない事情です。お察しください。

ここでもっと距離ができたんですよね。

 

私は冷たいかもしれませんが、今後父と関わるつもりはありません。

働きもせず暴力を振るい、子供にお金をせびる人に育ててもらった恩などありませんし、いない方が良いと思える親がいることも実際問題あると思っています。

 

別に父に対して嫌いとかの感情はもうないんですけどね。

距離があるからそう思えるだけなのかもしれませんが…。

公に縁を切るとは言わないにしても、血の繋がりのあるもはや他人です。

 

今の私の家族を守るためにも、自分を守るためにも距離は必要なんです。

 

毒親とは距離をとっていいんです。

自分が毒親にならないために。

自分の人生を生きるために。

とか言いつつ、連絡先も知られてるし、父が生きてる以上恐怖心が無くなることはないけど。

みかん

虐待をうけた子供が大人になったら

私は幼少期の恐怖心から『怒られる』ことが異常なまでに苦手です。

それは『注意を受ける』ことにすら派生してしまうほど。

どれだけ優しく「ここは違うよ」と言われてもダメなんです。

 

もう大人なので「注意や指摘をされているだけで、怒られているわけではない」と頭ではわかっているのに、心の中では「どうして自分はちゃんとできないんだ」「この人は私をできない人だと思ったんじゃないか」となるわけです。

 

そしてそれが処理できずにいると

「できない人と思われた」

「役に立たない」

「邪魔なんじゃないか」

「いない方が…」

という深みにはまる訳です。

 

なので私はかれこれ30年以上、人に怒られないように生きてきました。

 

成績も人並み以上を維持するように、与えられた役割は絶対にミスをしないように。

そして邪魔だと思われないために、仕事では全体の流れを把握し優先順位を見ながら行動できるという術も身につつけました。

 

周りを気にしすぎて生き辛さ全開ですよね。

 

でもその当時は微塵も自分の状況には気付いていません。

それが普通だと思っていたから。

周りを気にして生きるのが当たり前で、みんなもそうなんだと思ってたんです。

自分自身に向き合ってこなかったからね…。

みかん

仕事を辞めてから重くのしかかる責任からも開放されたし、何より他人とのコミュニケーションが減ったことでストレスは軽くなりました。

 

だからと言って自己肯定感が高まる訳ではなく、自己啓発本大好き、マイナス思考のポジティブアドバイザーのような波のある感情を持ち合わせたままなんですよね。

 

そして、子育てに悪戦苦闘してます。

どうやって子育てをすればいいかわからないのです。

親の真似をすれば『支配』そして『虐待』。

でも私の知っている子育てはソレなんですよね。

だから『虐待を受けた子供は大人になっても子供はつくるな!』なんて言う極論をあたかも正論のように発信している人がいたりするんですが…。

 

でもそれは違います。

確かに虐待を受けた人が虐待をしてしまうケースが多いのも事実ですが、それ以外からも虐待に繋がるケースもたくさんあります。

言い出したら切りが無いしょーもない言い争いです。

 

虐待を受けたからこその苦労はあれ、子育ての楽しみも家族を持つことの幸せも私は知っています。

そして、幸いにもナースになったことで、人は簡単には死なないことも逆に簡単に死んでしまうことも知っています。

命の尊さを学んで感じて知っているんです。

子供の頃から死を意識していたことと、生の最後の瞬間を何度も見てきたことでしっかりと身に染みてわかっています。

私は父のような過ちは繰り返さない!

どうして虐待をするのか?

虐待をする理由は大きくわけて4つあると思っています。

  1. 自分を守るための防御
  2. ストレスの捌け口
  3. 娯楽
  4. 思考能力の低下

この4つです。

自分を守るための防御

1つ目は、私の父のように威圧的な態度を取ることで自分が責められないように『防御』するパターン。

「攻撃は最大の防御なり」

完全に使い方を間違えてますよね。

 

「自分が1番だ」と自分にも相手にも思わせるために虐待を繰り返すことになります。

相手に一瞬の隙も与えないように支配することで、自分の立場を守る。

要は自分が必要とされる居場所が欲しいってことなんだと思うんですけどね。

 

支配では居場所なんて確保できるわけもないのに、気付けないんですよ。

ストレスの捌け口

そしては2つ目は『ストレスの捌け口』です。

仕事や家庭内でのストレスを自分より弱い子供に向けるのです。

防御と捌け口のパターンのどちらにも言えるのが、根底の「支配欲」「ストレス」に気付かない場合が多いことです。

娯楽

そして、3つ目は『娯楽』です。

『娯楽』と表現することに若干の戸惑いがありますが、西野亮廣さんの著書『魔法のコンパス』でイジメを娯楽と表現していてのをお借りしました。

娯楽というと語弊がありそうですが、そう呼ぶ理由としては『やめられない』のが理由です。

はじめは躾と思ってしていたことが、いつからかそれが楽しくなる。

書くだけでも恐ろしいですが、きっと自分が1番であると言う優越感が快楽に変わるのかもしれません。

でも虐待は絶対に起きてはいけないことなんです

みかん

思考能力の低下

最後に『思考能力の低下』です。

これは新生児期などの寝不足だったり、子育てに疲れてうつ状態になることで虐待が起きることがあります。

もちろん母親だけでなく、父親でも思考能力が低下した状態であれば起こりうることです。

突発的に虐待をしてしまう恐れもあるので、その前に何とかしないといけません。

 

これはもう本人には限界が来ているんですよね。

周りのサポートなしで乗り切るのは容易ではないです。

 

夫婦が手を取り合って、協力できる環境になればと思います。

理想論を述べるのは簡単だけど実際には難しい。

みかん

躾と虐待の違い

私の父は明らかに躾ではなかったです。

常々「俺は反面教師やから」と自分で言うくらい自己中心的だったんですよね。

こんな場合は躾なのか虐待なのか一目瞭然。

 

でもね。

その虐待を受けた私がしていることは躾なのか?虐待なのか?ってことが問題になると思っています。

自分が子供に対して『こうあって欲しい!』と言う理想や願望は、虐待を受けて育った私の中で支配としてすり替わってしまうんですよね。

 

「思い通りに行かないとイライラする」

「どうやって子供に言うことを聞かせればいいのか…」ってね。

 

10回くらい同じことで注意しても「またかぁ」でまだ済みます。

ですが、子育てなんて何百回と同じ注意をしないといけないことがあるんですよね。

もしかして我が子だけ!?

みかん

 

もうね。何度も同じことされると我慢できなくなるんです。

頭にゲンコツを落としたり、暴言を吐いたりしたこともあります。

 

瞬間湯沸かし器のようにカーッとする自分を父ソックリな気がして許せません。

でも自分を律するのは並々ならぬ努力がいります。

 

父を見ているので怒り方を真似るのは簡単なんです。

でもそれを優しく諭したり、子供がわかるように言葉で伝えるのはかなり難しい。

 

でも虐待の負の連鎖を断ち切るためには避けては通れない道なので、ここから私の考えるほんの少しのポイントを書いていきますね。

まずは誰のため?

子供のために…と思って怒ったりしてます。

はじめはね。

でもね。やっぱり何度も繰り返されると感情的になってしまうんですよね。

「何回注意されたらわかるんだ~!!」って。

鬼の形相になってるかもしれません👹

 

でもここはしっかり頭に叩き込まないといけないポイントです。

自分の感情に任せるのは言語道断!

感情移入すべきは子供の気持ち。

 

「それっ!ほんとに子供のため?」って自分に聞いてみたら…

そしたら「子供のためじゃない」ってわかるんです。

 

あたかも子供が悪いかの如く、「あなたがこんなことするから」「あなたのためを思って…」って言うのは責任転嫁。

本当にそのやり方であってるかどうかは、子供の反応を見れば一目瞭然ですよね。

子供にちゃんと伝わってる?

1番大事なのがコレです!

子供にちゃんと伝わってるか!!

 

子供は親が感情的になったところで、怒っている事実しか理解しません。

先日、吉本興業の社長がパワハラ発言に「冗談だった」と言っていましたよね。

それが言い訳かそうでなかったかの本心は関係なく、そもそも相手にちゃんと伝わっていなければ何の意味もないんです。

それまでの信頼関係もありますが、伝える方は伝わるように努力しなければいけません。

「冗談やし」って一言言ってたら状況は違ったと思います。

滑った空気になったのかもしれませんが、それを修正しなかった時点でパワハラと認定されるのは必至ですよね。

それに立場が上の人からは信頼関係が築けていると思えても、下からはそうは思えなかったりするものです。

強い立場にいる人はそれをしっかり認識する必要があります。

みかん

家庭で言うならば、親が信頼関係を築けていると勘違いしてる場合もあるってことだから要注意。

 

それと、リラックスしてる時の方が学びを得やすいって言う事実をご存知ですか?

言い換えれば怒られて萎縮しちゃうと覚えていないってことですよね。

優しく…とまではいかなくても、言葉遣いも声のトーンも気をつけて伝える必要があります。

躾を意識

躾は「してはいけない」って言うだけじゃなく、「何をどうすれば良いか」を教えることです。

子供が危険なことをした場合なんかは「してはいけない!」って怒ることもあると思います。

ただそれだけじゃなくて、何をしたから危険で、どうすれば良かったのかをきちんと伝えることが大事なんですよね。

って、そんなこと分かりきってるけど難しい~。

みかん

躾と虐待は紙一重ではありません!

きっと初めから虐待をしたいと思って子供を持つ親なんていません。

ここまで読んでくれたあなたはもう躾と虐待が紙一重ではないことがわかりますよね。

 

虐待する人はどこかで自分を見失い、自分の立場や居場所・理想を守るためにどんどん人としての感情が麻痺していくんだと思います。

 

自分がもしかししたら虐待をしてしまうかもしれない…虐待してるかもしれないと思ったら、今1度自分自身をしっかり自己分析してみることをオススメします。

 

心療内科を受診してみたり、旦那や行政に助けを求めるのもありです。

虐待をしそうだと感じたら…

虐待をされていそうな子を見つけたら…

児童相談所全国共通ダイヤル

189(イチハヤク)に電話です。

 

私は子供が産まれる前から旦那に何かあれば止めてもらうように言っていました。

虐待は連鎖する可能性が高いので…。

と同時に自分次第だとも思っていましたけどね。

 

なので今も、必死で子供の立場にたって考えながら、自分の気持ちを最大限子供に寄せる努力をしています。

 

実はこれだけで

…この一つだけで負の連鎖は断ち切れます。

 

とりあえず何がなんでも子供目線へ

簡単じゃないし、周りの協力も必須ですが、子供の目線で、子供の立場で考えてみるんです。

 

「私はこんなことしなかった」「私ならこうする」って思うこともあるかもしれませんが、「我が子ならこう考えそうだ」ってね。

宿題やらなくても、人の話聞かなくても、死にはしません。

 

ただ、色んな選択肢があることや親としての希望を伝えるのは1つの手段ですよね。

 

子供に自分が何を伝えたいのかよく考えて、正しい伝え方を子供と一緒に身に染み込ませて。

理由が見えなくても、寄り添おうと思える気持ちがあれば大丈夫。

 

とりあえず今日1日を…今を乗り切って穏やかな時間を積み重ねていきましょ。

 

今の我が子に辛い思いをさせないために。

未来の我が子の子育てが辛くならないように。

そして、自分も笑顔でいられるように。

みかん

最後まで読んでくれてありがとうございます。

みかんでした。

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